東京高等裁判所 昭和30年(う)3413号 判決
被告人 谷中雄三郎 外一名
〔抄 録〕
原判決挙示の証拠によれば、原判示の如く被告人が戸別訪問をした事実を肯認するに十分である。所論は極力被告人両名の原判示犯行を否認し被告人谷中雄三郎は原判示選挙の候補者として被告人田村伝四郎の案内で原判示樋ノ口町地内の道路上から偶々農耕に従事していた部落の人々に対し顔見せをしたに過ぎないと弁疏するのであるが、原審において尋問した多数の証人は場所の点は暫く別として、原判示日時頃それぞれ被告人らから今度の選挙に立候補した被告人谷中に投票を依頼する趣旨においてよろしく頼む旨挨拶されていることを証言しており右弁疏の如く単なる顔見せの挨拶程度を越えているものの存する事実が窺えるのである。然るにこの証人らの証言はいずれも右の趣旨の挨拶のあつた場所については原判示証拠にあらわれた各証人家の土間、軒下、台所入口等を否認しいずれも道路上となつており当審において事実の取調としてなした各証人の尋問の結果も亦同様である。そして右証人等が右場所について原審公判廷における供述と異なり司法警察員や検察官に供述したところはいずれも司法警察員や検察官の強要によるものと証言し論旨はこれによつて右の両者に対する供述が任意の自供でない旨主張するのであるが、この弁疏については右証人等の原審公判廷における供述以外この事実を肯認するに足りる証拠はなく却つて原審証人佐滝一男の証言によれば右供述については警察職員の何らの強要もなかつた点を窺い得られるのであるから、この証人等のこの点に関する原審公判廷における供述に従つて右弁疏を措信するに足りる心証を生じないものである。この点に関する被告人両名の司法警察員及び検察官に対する各供述調書についても全く同様のことが窺い得られ原審の右両名の供述調書を採用したことについても何らの手続上の過誤はないものと認められるのである。而して公職選挙法第百三十八条第一項の戸別訪問における訪問の場所は必ずしも常に選挙人の居宅の建物内に限られずいやしくも社会通念上訪問した場所が訪問された選挙人方と目される限りこれに包含され、たとえば、屋敷構内の庭先や出入の門口であつても妨げないものと解するのが相当である(昭和二十九年三月三十一日東京高等裁判所第四刑事部判決、高等裁判所判例集第七巻第三号三四五頁参照)から本件において訪問した場所が原判示証拠にみられるように各選挙人方の土間、台所入口、入口の軒下、門際、椽側先等であつても、右に述べた趣旨において各選挙人方への訪問と解するに些かの妨げもない。また、その訪問時刻の如きも必ずしも長きを要するものでなく、短時間であつても、その訪問の趣旨が選挙人に了解されておればそれをもつて足りるものであること勿論であつて、本件において被告人両名が立候補について被告人谷中に投票方依頼の趣旨で前述のような戸別訪問をしたものであり各選挙人において右両名の意図を承知していたことは右原判決挙示の証拠によりこれを肯認するに十分である。
本件事実関係は以上の如くであつて記録を精査検討し当審において取り調べた証人尋問の結果を参酌しても原判決の事実認定には何らの過誤ある廉を発見することを得ない故、論旨は、理由なきに帰するものといわねばならない。
(大塚 渡辺辰 江碕)